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二次創作の更新履歴など
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「白川さん」から同期会をしたいと連絡があった。行っては駄目、また迷惑をかける、甘えてしまう。わかっているのに、会いたい、話をしたい。ううん、顔をみるだげ、声を聞くだけでいい。それくらいはまだ許してください。

 森下九段の後援会筋からお見合いの話が来ていると芦原くんから聞いた。「白川さん」にお似合いの笑顔が可愛いくて、穏やかで、しっかりした人。色々な話が耳に入ってきた。私には許されない「白川さん」の隣に立つことが出来る人。うらやましい、そう思ってしまう。私はもうすぐ会うこともできなくなる。

 ちがう、私がこの世界から消えなければならないからだ。たった一つ残っていた同期入段という糸を切らなければいけないからだ。「みっくん助けて」

 二人で上京して、院生になって、入段も一緒だった。でも入段してからは三人になった。そしてまた二人になって。でも気付いたら私は一人になっていた。

 それでも苦しい時は同期会と言って会ってくれた。

入段したときには三人だった私たち。二人になって二十年近くたつのに同期会のときいつも用意されるのは三つの席。あの時から「白川さん」と呼ばなければ返事してくれなくなった。
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ー白川ー

ホテルのバーラウンジ
ウォッカを飲んでいる白川。
そこに緒方来る。

白いスーツだが、足元はいつものピンヒールではなくフラットなパンプス。

おまたせしました。白川先生。

場所をかえましょう。

クロークの札は?

白川が案内したのはジュニアスイートルーム。
ソファーをすすめ、冷蔵庫から豆乳を出し、緒方にコップを渡す。

寝てしまう緒方。

かわらないね。安心できるとおもうとどんなところでも寝られる。

ベッドへ運び、スーツをぬがせるとグラスに入れたワインを振りかけ、ランドリーバックにいれパンプスと一緒にドアの脇に置きフロントに電話をした。

ベッドにもどると服を脱ぎ、全裸になると、残っていた緒方の下着もはぎとった。

信じられる人がそばにいるとき、一度寝ついてしまうと、回りで大きい音がしてもおきない。寝不足の時は特に。ねぇ、塔矢くんにもそんな無防備のところをつけこまれたの?


枕の下から潤滑剤を取り出し、準備をすると挿入をはじめた。

本当は奧まで入りたいけれど、流産は困るからね。

 背中から腰への美しいラインが母親そっくりだった。いままでそんなに似ているとは思っていなかったのに。穏やかに自分の横で眠る黒髪を見ながら憶 えたのは満足感と軽い後悔だった。そのことに自分でも驚いていた。いままで躊躇していたことが間違いだったのではないか、そう思った。この感情には既視感 がある。そうだ、十五年前のあの日も同じように思った。

 師匠が結婚をするまで、緒方は夜遅くまで行洋の研究につきあうことがしばしばあり、そのまま塔矢邸に泊まることも多々あった。しかし、師匠の行洋 が結婚してからのこの半年は新婚家庭に対する遠慮もありどんなに遅くなっても帰宅することにしていた。だが、夕飯時に夫婦二人からこれからは遅くなったと きは前と同じように泊まってゆくことを勧められた。

 十二時を回り、研究も一区切りつき今日はお開きにすることにした。行洋は読みたい本があると言うことでそのまま自室にいた。緒方は歯を磨こうと洗 面所に入ると「あなた、タオル忘れてしまったので取ってきて下さらない。」と浴室の扉が開いた。止めるまもなく全裸の夫人がそこに立っていた。夫人はそこ に立っているのが自分の夫ではないことに気付いて羞恥のためか全身が赤くなり慌てて扉を閉めた。緒方も慌てて洗面所からでて行洋の部屋に行き夫人からの伝 言を伝えた。いままで泊まっていた部屋は夫婦の寝室となっていたので緒方は隠居所として作られた離れに今晩は泊まることになっていた。

 既に床は延べられており、着替えを持ってきていないと言ったせいか脇の乱れ箱の中には新品の浴衣や下着・スエットの上下が置かれていた。離れには 洗面所とトイレがついており、洗面所はお湯もでるようになっていた。「最初からこちらを使えば良かったのだな」と歯を磨き、タオルをお湯に浸し全身を拭い た。「二十三歳だっけ。先生と十五違うんだ。」と口にしながら無意識に自分とは七つ違うと計算していた。

 そのまま床に入ったが、十六歳には刺激が強すぎたのか脳裏に夫人の裸体がちらつき眠りについたのは東の空が明るくなり始める直前だった。

 翌朝、朝食の時に夫人に「昨日は驚かせてごめんなさいね。」と謝られたが夫婦とも気にはしていないようだった。このとき行洋に頼まれたのがタイトル戦などで自分が留守になる時この家に泊まってもらえないかと言うことだった。

 二週間後にさっそく行洋がタイトル戦のため泊まりがけで出かけることになり学校のあと一旦家に帰り着替えと弁当を持って塔矢家に向かった。

 鍵は弟子になったとき渡されていたので玄関を開けようとすると誰もいないはずが鍵が開いていて家の奥からは物音がした。物音は奥の納戸から聞こえてきた。泥棒かと焦り忍び足で奥に向かうと聞こえてきたのは夫人のハミングであった。
「奥様」
「あら、緒方さんいらっしゃい。」
「何をなさってるんですか」
「あの人が居ない間に納戸を片づけようと思って。手伝って下さる?この箱を棚の上に載せたいのだけれど手が届かなくて。」
納戸に入り夫人の横に立つと何とも言えない華やかな香りがして、緒方は眩暈を起こしそうだった。

 この部屋を使って欲しいと通されたのは夫婦の寝室と襖一枚へ立てた隣室だった。弁当を冷蔵庫に入れようと手にすると「それなあに?」と尋ねられ 「夕飯の弁当です。留守番が火事を出したら駄目だからと母が持たせてくれました。」とこたえると「あら、いやだ私つくるのに」夫人もいままで通り実家へ帰 ると思っていたのでたずねると「兄のところに子供が産まれて、実家に帰れなくなったのよ。それで、一人だと夜怖いから緒方さんに泊まって下さるようにお願 いしたのよ。」

 この女性と一晩・二人っきり。自分は先生からも夫人からも安全牌(=子ども)と思われているんだろうな。と自覚したした。でも、そう思われたからこの女性のそばにいられるのだともおもった。

 それから二週に一度くらいのペースで緒方は塔矢家に泊まるようになった。行洋が戻ってくればすぐに検討の相手をできるのでとても勉強になった。だ がそれ以上に男三人兄弟の次男で、中学から男子校の緒方にとって行洋がいない夕飯のあとにする夫人とのおしゃべりやゲームなどが楽しみであった。行洋から まるで姉弟のようだと言われるようになっていた。

 緒方がそれに気付いたのはいつぐらいからだろう。夜中に隣室の夫人の部屋から押し殺したような声と寝返りを打っているような気配を感じ、そのあと 夫人は部屋を出て浴室へむかう。シャワーを使っているような音がかすかにして夫人が戻ってきて床に入る気配がする。そのあとは何の気配も感じない。

 緒方が塔矢家に泊まるようになって四ヶ月ほど経ったくらいだろうか、寝ていると遠くの方からゴロゴロと聞こえてきた。と思う間もなく雷の音がひっ きりなしでするようになった。襖が開き、浴衣を着た夫人が蒼白な顔で立っていた。「私、雷駄目なの隣で寝ていい?」駄目だといえるような雰囲気ではなかっ た。自分の布団を押して動かそうとする夫人の浴衣の裾が割れ白いものがみえた。

 緒方の横に布団を敷き直し床に入った夫人は「手、繋いでね」といいながら手を伸ばしてきた。その時、近くに落ちたように大きな音と雨戸の隙間から 光が見えた。夫人は緒方に悲鳴を上げながら抱きついてきた。女性のからだの柔らかさをはじめて知ったような気分の緒方は困ってしまった。自分の状態を夫人 に知られたくないと思っていたのに、これではすぐにばれてしまう。

 夫人も気付いたようだった。「これで嫌われる」緒方はそう思ったが夫人はこれまでの明るいかわいらしい緒方の知っている笑顔と違うこれまで見たこ ともないようないような微苦笑の様な表情になり「感じてくれているのね」といいながら緒方の下着の中に手を入れてきた。気が付くと緒方の下着は脱がされ二 人とも前がはだけていた。緒方は自分のありとあらゆるところに明子の唇と舌を感じた。自分がどうなっているのか緒方はもうわからなかった。

 それからは緒方が塔矢家に泊まるとき、行洋がいれば離れに、いなければ夫婦の寝室に緒方の布団は敷かれるようになった。

 明子の妊娠がわかったのは緒方が高校を卒業した春だった。

 父親は行洋か自分か尋ねる緒方に「わからないのよ、産まれてきてから調べるしかないわ」と言っていたが、そのうち「予定日が十二月になりそうな の、あなたは二月にドイツに行っていたでしょ。だから父親はあの人だわ。」三学期は自由登校だったので受験をしない緒方は囲碁振興ミッションの一員として 一ヶ月ドイツを中心にヨーロッパを回っていた。はじめての海外旅行だった。入れ替わるように四月には行洋が参加したアメリカへのミッションが一ヶ月あり、 そのあいだ緒方はいつものように塔矢邸に泊まっていた。

 夜泣きなどで行洋の対局に影響がでてはと言うことで 出産のあと一年近く実家に戻っていた夫人が戻ってきた。行洋はスケジュールの空いている日は極力妻の実家に通っていた。

 緒方のおそれている日が来てしまった。行洋が留守になる日。前と同じように留守番を頼まれた。師匠から信頼されていると感じた。明子から離れてい た一年半の間に彼女が恋しくなることもあったが、師匠にばれたときのことを考えるようにもなっていた。怖いのは彼女との間のことではない、師匠の信頼を裏 切っている自分を知られることだ。

 緒方の布団は前と同じように夫婦の寝室に敷かれていた。となりの部屋に自分だけ移ろうとした。だが、浴衣のあわせからほの見える、前より豊かに なった白い胸を見、緒方の自制心は崩れてしまった。結局、前と同じ繰り返しであった。穏やかに自分の横で眠る黒髪を見ながら憶えたのは満足感と軽い後悔 だった。そのことに自分でも驚いていた。

 四十を過ぎて産まれた娘アキラを行洋は溺愛し、家にいる間は緒方と検討をしている間も側に置きたがり、首がすわるようになるといつも膝の上に抱え ていた。たが、いかんせん忙しすぎた。幼稚園・学校の行事がある日曜日はほとんど仕事でスケジュールが埋まっていて参加できなかった。代理として出席した 緒方は行洋のためにビデオを撮り、父親の代理として競技に参加したりと大変だった。

 アキラも行洋を慕ってはいたが触れ合う時間が少ないせいか嫌われることをおそれて甘えることができず、その代わりのように緒方に甘えた。年に二度 の家族旅行もアキラの頼みで緒方も同行するようになっていた。温泉などに行ってもアキラは緒方と風呂に入りたがり、夜も別に取った緒方の部屋で休みたがっ た。娘に「NO」が言えない父親は苦虫を噛みつぶしたような顔で「緒方くん頼む」と言うしかなかった。娘との時間をとれずにいた行洋に指導碁をするという 提案をし、アキラに囲碁を教えたのは緒方だった。行洋のいない朝にアキラと碁を打つのも緒方であった。寝物語に明子に聞いた話しではアキラと緒方の関係は 自分と行洋の関係にそっくりで、だから行洋は仕方ないと思っているのよ、と言い。また自分が幼稚園でお多福風邪をもらってきたときは行洋にうつしてしまっ て大変だったという思い出話もその時していた。

 十歳を過ぎた頃からアキラの体型が少しずつ丸みを帯びてきた。アキラ本人は自分の身体の変化をあまり気にしていなかったが緒方のとまどいは大き かった。もし、自分の娘だったら開き直って成長を喜んだかもしれない。だが、アキラが十一歳の誕生日いつものように塔矢家に泊まることになりアキラに引き ずられるように一緒にお風呂に入ろうと言われ服を脱ぎはじめたアキラに緒方は欲情しかけてしまった。このときは、自分を押さえたが自分の自制心を緒方は信 用していなかった。

 明子との関係はまだ続いていた。アキラの目もありアキラが学校に行っている午前中、アキラがそう滅多にゆかない離れを使っていた。緒方から見て明 子は二人いるような気がする。家族といるときの明るく、無邪気な明子。自分と二人でいるの時の妖しいまでに美しい明子。師匠はこの明子を知っているのだろ うか。師匠への嫉妬に苦しみ明子から離れようと他の女とつきあったこともある。だが、結局いつも明子の元へ戻ってしまった。

 明子のアドバイスもあり緒方はアキラとの間に意図的に溝を作り始めた。その頃だったろうかアキラが明子に自分が男だったら緒方は離れていかなかっ たのかと訊いたのは。気が付くとアキラは男物の服ばかり着るようになっていた。学校の制服はさすがにあきらめたようだったけれど。

 全てを変えたのは行洋の心臓発作だった。

 棋士として、努力と研鑽はかかさなかったつもりだ。師匠の後を追ってやっとおぼろげながら背中が見えてきてのタイトル挑戦だった。その最中(さな か)の不戦勝、そしてあの美しい棋譜。第五局で自分が勝ったのは変化しようとする師匠の不安定さをついただけに過ぎないことを緒方は自覚していた。自分と の対局前、師匠はあれだけ美しい棋譜を残しているのだ。自分があの「sai」ほど強ければ同じように美しい棋譜を残せたかもしれない、師匠との間に。師匠 はこの一局を最後に日本棋院をでてしまった。

 アキラは自分を追ってきていた進藤が不戦敗を続けているせいか精神的に不安定な状態だった。明子は海外を飛び回る夫のことも心配していたが娘の状 態が不安で日本を離れることができなかった。緒方も、アキラの状態にハラハラしていた。やがて、進藤が復帰し、アキラが安定すると明子は夫の元へ行ってし まった。明子と緒方の間も自然消滅していた。

 緒方は緒方なりにアキラを見守り続けた。直接会うことは避け、師匠の碁会所にアキラのいない時間を見計らって顔を出し、市河や芦原に探りを入れたりもした。進藤をこの碁会所に連れてくるようになってからは特に問題はないようだった。

 その話を聞いたのは第一回の北斗杯の直後だった。メンバーだけで合宿をしたときいて緒方は自分の顔を引きつるのを感じた。それでも、アキラ本人に 問いただすことができず、もう一人の社とかいうのは大阪へ帰ってしまっていたので進藤を呼び出した。合宿のことを問いただす緒方に「本当だったんだ、塔矢 に手を出すと緒方先生に呼び出されるっていうのは。」こんな事をしたのは師匠の入院中にアキラが参加した研究会の奴らにだけだがそんなことはどうでもい い。
「オレだってホテルかどっかでと思ったら塔矢が自分ちでいいっていうからさ。でも、あいつんち女の一人暮らしジャン。だからオレ自分の彼女とその姉ちゃんにも来てもらったよ。ご飯作ってもらうって事で」

 とりあえず、女一人に男二人だけではなかったと聞いて安心した。あの歳頃の男の自制心なんて信用できない。そのことを身をもって知っている緒方であった。

 翌朝、緒方はインターフォンの音で目を覚ました。寝ぼけ眼でモニターを見ると映っているのはアキラであった。慌ててエントランスのドアを開け、玄 関の鍵を開けた。小学生の頃、塔矢夫妻が出かけるときなど当時住んでいたワンルームマンションにアキラを預かることはよくあった。だが、二つ目のタイトル を取ったあと引っ越してきたこの部屋にアキラが来ることは無いと思っていた。それでも捨てられずにいたアキラ用のマグカップを用意し、自動的にスイッチを 入るようにしてあるコーヒーメーカーにコーヒーができていることを確認し、電子レンジで母親が作り置きしてくれた炊き込みご飯の握った物を解凍し、アキラ を玄関で待った。アキラが怒っているのはわかったが心当たりは昨日進藤に訊いたことくらいしかなかった。

 顔を見たとたん何か言いたそうなアキラを制して「玄関先では近所迷惑になるから入ってくれないか」というとアキラは素直に部屋の入ってきた。また、見ない間に背が伸びたようだった。まだ成長期の十五歳だと思う。居間に案内し、カフェオレと炊き込みご飯を出し「すまないが着替えてくるので待ってく れないか」言って寝室へ戻った。

 冷静になろうと冷水でシャワーを浴び、ひげを剃り、いつもより時間をかけ服を選び着替えた。

 居間に戻るとアキラはマグカップを抱えたまま泣いていた。思っても見なかった事態に緒方が駆け寄り手を伸ばそうとするとアキラはその手を払いのけ、その美しい瞳から涙を流し続けながら「何で、放っておいてくれないんですか。お父さんも、お母さんも緒方さんも私を捨てたんだから。やっと、一人で生きて行ける覚悟ができたのに。何で私のことを私にじゃなく、進藤や、市河さんや、芦原さんに訊くんですか。もう、私のことなんて気にしないで下さい。」

 思い返せば自分が十五歳の頃はまだ親に甘えていた。親が家を出てゆくなんて考えてもいなかった。今でも母は独身の兄と自分のところへ二週に一度は来て、世話をしてくれている。共働きの弟夫婦のところへも頼まれれば子どものお迎えや病気の時には横浜の奥から千葉まで行っている。でも、現実にアキラの親は十五の娘を残し家を出てしまった。人に甘えることを良しとしないこの娘が甘えることができるのは両親と自分しかいないのに三人とも手を離してしまっ た。

 もう、降参だった。先生に駄目だと言われても、破門されてもアキラの手を離すことはできない。

 塔矢夫妻の許しを得て緒方の部屋で一緒に暮らすようになると、アキラは最初のうちは緒方がどこかへ逃げてゆくのでは心配しているようで寝るときも 自室にいたはずなのに朝起きると緒方のベッドに潜り込んで寝ていた。起きているときも緒方のあとをついて回り(トイレと風呂は勘弁してもらった。)、外出 先にまでついてくるようになった。一時は棋院でも話題になっていたようだがアキラが落ち着いてくるとベッドに潜り込んでくる以外緒方のあとをついて回るの をやめた。

 アキラの服装も替わってきた。対局にゆくときは今までのようにスーツだが家の中では柔らかい、女らしい服を着るようになっていた。

 十二月も半分をすぎ、アキラの誕生日を迎えた。イタリアレストランからデリバリーしてもらったディナーとケーキで二人だけのバースディパーティーだった。緒方からのプレゼントはいつもアキラがスーツを仕立てているテーラーに相談しながら注文したワンピースであった。

 アキラと暮らしはじめてから、緒方は自制心を保つため、酒を断っていた。だが、今日はデリバリーに付いてきたワインを一杯ずつアキラと飲んだ。

 久しぶりのアルコールは心地よい気分だった。ベッドに入り眠りにつこうとするとドアが開いた気配がした。いつものように潜り込んで横で寝るだけだ ろうと声も掛けなかった。だが、アキラは何も身につけずにいてその甘い声で「緒方さんが欲しい。」と言い、緒方に抱きついた。緒方はアキラの腕を放そうと したが、アキラの真剣な目を見てしまい、体は正直に反応してしまっていた。

 背中から腰への美しいラインが母親そっくりだった。いままでそんなに似ているとは思っていなかったのに。穏やかに自分の横で眠る黒髪を見ながら憶 えたのは満足感と軽い後悔だった。そのことに自分でも驚いていた。いままで躊躇していたことが間違いだったのではないか、そう思った。だが、アキラはまだ 十六歳なのだ、これから誰かと出会うのかもしれない。その時、自分の存在が障壁とならないように、そしてアキラが幸せになってくれればいいと願わずにいら れなかった。

 三月、人間ドッグへ行くため保険証を入れておく引き出しを開けた。上に載っていたアキラの保険証を持ち上げると間から滑り落ちてきた物があった。何も考えずに拾うとそれは母子手帳であった。

きっかけ2
平成13年9月
背景の登場人物

緒方次子
囲碁の棋士。女性で初めて8大タイトル獲得(十段)現在二冠。妊娠中。
囲碁は父方の祖父正直に習った。地元の席亭の紹介で中学一年で塔矢行洋の内弟子となる。院生を経て中学二年でプロ試験合格。同期は白川道夫・芳澤さくら。白川とは家が隣同士の同級生の幼なじみ。白川は同じ席亭の紹介で森下の弟子となった。幼少時母親が入退院を繰り返す姉に付きっきりだったため母親と絆が結べなかった。小学校時代は父方の祖父に、中学以降は行洋の母親に育てられた。

白川道夫
囲碁の棋士。七段。強さより教え方のうまさで定評を得ている。二次予選と三次予選を行ったり来たりしている印象を与えているがよくよく見れば三次予選の常連。実家は次子の家の隣。次子の父方の祖父正直に囲碁を習った。次子と同じ席亭の紹介で森下の弟子になったが当時森下が独身で一人暮らしだったため父親の従兄弟の家に下宿していた。父親は和菓子職人。店は祖父・伯父・従兄弟が継いでいる。地元の名物饅頭の製造・販売元の老舗。母親も店を手伝っていたのでしばしば正直に預けられた。

緒方正直
次子の父方の祖父。趣味:囲碁。次子の母方の祖父尚吉とはハトコだがそれよりも碁敵。石部金吉な兄貴分の幼なじみと思っている。元水道店経営。妻の死を機に店をたたんで隠居。トイレの水洗化で一儲けしそれなりに裕福。長女に付きっきりの嫁・店が忙しい息子とその舅にかわり次子を育てた。

緒方尚吉
次子の母方の祖父。趣味:囲碁。正直とはハトコだがそれよりも碁敵。軟派な弟と思っている。豆腐職人。頑固不器用。

緒方虎夫
次子の父親。豆腐職人。体格も性格も正直より尚吉に似ているため息子だと思われている。妻芳子とは幼なじみで、恋心は持っていたが口には出せなかった。成人式の後、二次会でも飲み足りなかった芳子に付き合い酒を飲み記憶をなくし長女が出来た。

緒方芳子
次子の母親。気が強く、他人の心には鈍感なところがある。次子が帰省していないのも気にしてはいない。二十一歳で生んだ長女が先天性の腎臓疾患で入退院を繰り返していたため次子の面倒はあまり見ていない。次子が懐かなくても気にしてはいなかったがかわいがりもしなかった。

荏田総子(旧姓:緒方)
次子の二歳上の姉。十歳頃まで入退院を繰り返していた。手術後は健康体。現在夫の転勤で八戸在住。性格は母親に似て気が強く、他人の心に鈍感。

緒方健児
次子の十歳下の弟。次子とは二歳で離れて暮らすようになったのであまり気にしていない。豆腐が好きで、腕もよいが自分は上の下、上の上だった祖父や父親に及ばないと思っている。先細りの店の維持のため豆乳や笊豆腐のの通販を始めたばかり。

白川政恵
道夫の母。福井出身。母親のいない次子の面倒をよくみた。

塔矢初江
行洋の母。賢夫人。行洋を女手一つで育てた。次子を娘のように思っている。行洋の結婚後は熱海でくらしている。

塔矢明子
行洋の妻。福井出身。京都の女子大を卒業後行洋と結婚。後援会幹部紹介のお見合い。次子はその前年に独立したため一緒に暮らしたことはない。姑も結婚後熱海に移ったので一緒に暮らしたことがない。

塔矢アキラ
行洋の息子。中学三年生。次子の弟弟子。次子の子供の父親。自分がしたことを自覚し反省中(のはず)だが次子の隙をうかがっている気配もあり。次子の様子が変なことには気づいている。
 「金子ですが。」門に取り付けられたインターフォからの「どちら様ですか」の問いに紹介所からいわれた通りまるで知人でもあるかのように自分の姓だけを応えると門の鍵がはずされる音がして「お入りください」と自分と同年代とおもわれる女性の声がした。紹介所で渡された住所はここに間違いない。家というより屋敷といった方がよいのかもしれない。今回も条件が住み込みと精神科経験だったから半月前までの契約先と同じように認知症のお年寄りの世話なのだろうか。紹介所では自分も含めて精神科経験のある看護師が三人ほど空いていたが「産科または小児科経験あればなお良し」の条件にあうのが自分一人だったためこの仕事が回ってきたけれどこの家の大きさだと三世代同居で祖父母が認知症で孫世代が子育て中というのがありそうなパターンだろうか。今時珍しい木枠のガラス引き戸の玄関の向こうに映るもう臨月ではないかとおもわれるシルエットをみながらおもった。

「お久しぶりね、金子さん」引き戸を開けた女性をみて驚いたのも一瞬で中学時代の同級生の面影をみて懐かしい気分になった。「本当に久しぶりね藤崎さん」客間であろう部屋に通され、出された冷えた麦茶を飲みながら金子は最後に聞いた中学時代の同級生藤崎あかりの消息を思い出した。「ここ、塔矢さんと言うお宅よね。藤崎さんは進藤と結婚したんじゃないの、この家のお嫁さんなの。」「そうよ、ここは塔矢家よ。この子の父親はヒカルだし、私はヒカルと一緒に暮らしてはいるわ。でも、ヒカルの奥さんは私じゃないの。」そのとき玄関の方でやはり聞き覚えのある声で「ただいま」と声がした。「あかりぃ」ちょっと待っててねというと藤崎さんは部屋を出て行った。切れ切れに聞こえるのは藤崎さんと若い男の声ともう一人若い女性の声だった。

「ごめんなさいね、お待たせして。ヒカルが帰ってきたものだから。」藤崎さんはそういうとそういえばこの前久しぶりに筒井に会ったのだと話し始め、ほかにも共通の知人や同級生の消息を交わした。あかりが触れようとしないのは自分と進藤のこととして金子と三谷のことだった。

襖が少しだけ開いて藤崎さんを呼ぶ声が聞こえた。「ごめんなさいね、何度も中座して。」何分かして戻ってきた藤崎さんは一人ではなく進藤とすでに六ヶ月ぐらいだろうかやはり妊娠している同年代の女性と一緒だった。「アキラさん、お風呂入ってさっぱりしたわね。」「うん」「お客さんが見えているからご挨拶してね。ご挨拶したらヒカルと一緒にお昼とってね。」「おなかすいてない。」「だめよ、アキラさんだけじゃなくて赤ちゃんの分も食べなきゃね。」「進藤の赤ちゃん。」「そうよ、ヒカルの赤ちゃんね。」「あかりさんのおなかの赤ちゃんも進藤の赤ちゃん。」「そうよ、この子もヒカルの赤ちゃんよ。」

 その女性を真ん中に左右に藤崎さんと進藤が並んだ。「ヒカルは紹介しなくてもいいわよね。彼女がね塔矢アキラ。ヒカルの奥さん。アキラさん、こちらは金子さん。私が入院している間、アキラさんと一緒にいてくれる人よ。ご挨拶して」「初めまして、塔矢アキラです。よろしくお願いします。」「金子さんはね、ヒカルと私の中学の時の同級生でやっぱり囲碁部だったのよ。ね、ヒカル。あらヒカルがいないわね。」進藤がいないのがわかったとたん塔矢さんは妊婦とは思えない素早さで立ち上がり「進藤どこへ行った。」と叫びながら部屋を出て行こうとした。すると進藤が部屋に戻ってきて「ごめん、ちょっとトイレに行ってた。」すると塔矢さんは




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